2015年08月08日

模擬戦 嘉元VS瑪瑙

前にやった模擬戦を文字に起こしたもの
演出の関係でセリフが削られたり変わったり
前後が入れ替わったり、セロリが好きだったりします。 

SSとか真面目に書いたの、はじめてな気がします。
まあ、ロール文を文章に起こすのがSSか、創作活動か
というと怪しいところなきがするけど。
まあ少なくとも、ショートショートではないです。
なんでかっていうと、ちょっと長いから。 



 草木も眠る丑三つ時、音も気配も絶えた
Endless棟々を月明かりが照らし、入り組んだ巨大な陰影を描き出していた。

ひときわ高い屋根の上、影の咢に抱かれた深い闇の中に目を凝らすと、巨大な鋼鉄の棺桶が一つ、禍々しい瘴気を放ちながら鎮座している。

棺桶は微かに振動し、ぱらぱらと積もった埃を屋根の上に散らばらせた。僅かにずれた蓋の隙間から、暗黒が顔をのぞかせいる。

間もなく屋根の上に降り立った影が、猛禽類のような鋭い視線を棺桶へと向けた。長いマフラーと、滑稽なほどに時代遅れな灰色の“忍装束”に身を包んだ少女は、物言わぬ棺桶に問いかけた。

「起きる頃合いではありませぬか?」

幼さの残る声に返答はない。鏡池瑪瑙はぴんと背筋を伸ばすと、五感を尖らせた。自身の感覚を鋭敏にし、空間へと拡張する。常人離れした五感が、暗黒の気配を撫でる。それを察知したかのように、ゆっくりと棺桶は開き始めと、中の闇が揺れ、朧な人影へと収束しはじめた。

ゆらり、と影が棺桶から躍り出る。亡者のようなその姿を瑪瑙の視線が貫いた。瑪瑙の手の中で黒々とした苦無が指先に張り付く。望めば、自分で意識するよりも早く彼女の苦無は反射的に棺桶の主の首に突き立つだろう。

だが彼女はそれをしない。

「シャァッッッ!死ねやボケェッ!!!!」

どこかで聞こえた口汚い声に、全身の毛が逆立った。

『はずれ人形』

そんな張り紙にちらつかせた人形が倒れおちた時には、彼女の足元から黒い影が纏わりつくように立ち上り、その頭上を越えて、夜空に向けて降り注いだ。頭上から舞い降りる殺気を、彼女の五感が捉えていた。

静謐なる夜空の中で騒々しい水音が響く。微かな罵詈雑言が聞こえ、べしゃりと重いものが瑪瑙の傍に墜落した。少し時間をおいて、力ない一本の箒がふらふら落下し、小さな破壊音を立てた。

油断なく少女が手にした苦無の切っ先で、よろよろと影が立ち上がる。さほどダメージの様子はないようだ。目立つ赤髪の男、深水嘉元の姿が月明かりに照らされた。ぺっぺと何かを吐き出すような素振りをしていたが、何も出てこないことに気づくと、襟を正して瑪瑙の方を向いた。

「影業か……小癪な。私の「あれ?ジョジョかな?DIO戦アニメ化記念かな?と思わせといて実は意外とジョジョじゃありませんでしたよ作戦」を破るとは……少し甘く見ていたようだね。」

ちらりと向けた視線の先で、わざわざこの為に屋根の上まで運んだ重苦しい棺桶が無意味に存在感を放っていた。こほんと咳払いをして声の調子を整えると、嘉元は魔術師の御業のように軽く宙を撫でた。指先に一枚のカードが現れ月光に煌めく。不思議な光沢をもつそのカードの中には、荒ぶる嘉元自身の姿が刻まれている。

「ちょっち―――“マジ”になった方がよさそうかな?」

玩具のように彼がカードをくるりと弄ぶと、嘉元の前に忽然と現れた日本刀が突き刺さった。刃は鋭く、頑丈な寮の屋根を水のように切り裂いて、嘉元の手の中に納まった。ぎらつく白刃を前に瑪瑙の口から出たのは意外にも笑い声だった。

「定刻どうりでしたので。油断が過ぎるんじゃ、ありませぬか?」

それに、と。瑪瑙の影が足元に沈む。

「れでぃよりも、身支度が遅いと嫌われてしまいますよ。」

腕の一振りの後、彼女の手にも武骨な白い刃が握られていた。ひりつく殺気が嘉元の舌から水分を奪った。

「オーケーオーケー……こちらもそれなりで行こう。俺とてスレイヤー、いざ戦いとなれば……容赦する気はない!」

月明かりの反射が嫌らしいほどに瑪瑙に向けられた刃を誇示する。両腕に力がこもり、ぎらつく刃が獲物に襲い掛かる蛇のように鎌首をもたげた。

発砲音が響いたのは次の瞬間だった。

嘉元の右手の中で謙虚に隠れた小銃が煙をあげていた。名刀は左手に手持ち無沙汰にぶら下がっていた。虚を突いた一撃に、瑪瑙は身を躱すことも出来ない。

「卑怯だったかな。」

 口先だけでそう言ってはみるものの、悪びれぬその素振りから、嘉元が欠片も負い目を感じていないことが分かる。だがその顔も、すぐに凍り付いた。瞳の瞳孔がうっすらと開く。

「あら、やっぱり付き合いが長いと駄目ね……。」

瑪瑙の懐で、銃弾がころりと落ちた。鈍い金属音を立てた左手の手甲が、弾丸の形にへこんでいる。なるほど、瑪瑙がそういったように嘉元は感じたが、実際に耳に届くより早く、その姿は立ち消えていた。

「……ッ!」

慌てて追いかけた数発の弾丸は、悪戯に寮の屋根を傷つけるばかりだった。あちらこちらで風を切る音、それから壁を蹴り上げる音が聞こえる。ぞわりと恐怖心が嘉元を襲った。闇も、舞台も、瑪瑙に味方している。半ば信じがたいが、この速度で移動できるということは、瑪瑙は夜目も十分きいている、ということなのだろう。ギリリと聞こえる音は瑪瑙が高速で空気を切り裂く音だ。

「なんだか知らんが―――これはやばいッッ―――!」

嘉元の瞳に青い光が宿る。その身を包む『バベルの鎖』が彼の目に集中することによって、彼に短期的な予知の力を与える。どれほどすばやくても未来の姿を一刀で切り伏せればとらえられる。遊ばせておいた左手の刀に手をかけた。

「戸隠、梟襲刃!!」

だが遅すぎた。目の前に青い光に照らされた未来の瑪瑙の姿が映る。殺気に溢れたその姿、大きな翼のようにたなびいたマフラーが、巨大な猛禽類に見えた。その嘴は一瞬で嘉元を貫いた。これは、避けられぬ未来。

Oh my god……」

実際は神に祈る時間はなかった。避けることが絶望的であると理解したときには既に嘉元はゴム毬の様に屋根の上を吹き飛んでいた。瑪瑙の小さな体では殺しきれなかった衝撃で屋根の一部が放射状に吹き飛んだ。勢い余った彼女が目の前をちらつく星を払って顔をあげると、零れ落ちた血の道の先で、嘉元がふらふらと身を起こすところだった。ほーほけきょ、間抜けな鳴きまねが瑪瑙の口から洩れた。手についた血を拭おうとして、忍装束も赤黒く染まっていることに気づく。未熟故に刃を突き立てることには失敗したが、その一撃は確実に嘉元の皮膚を破き骨を砕き内臓を潰していた。

嘉元が嫌な音を立てて軋む全身を無理やり奮い立たせると、目を覆っていた鎖は即座に傷口へと移り、無理やりにも出血箇所を塞いでいった。回復といえるほどのものではないが、少なくともこのまま卒倒するのくらいは誤魔化せるようだ。

「流石忍者というかなんというか……。」

実際、致命傷に近いかなりの一撃だった。もしこれが、瑪瑙の技術が追いついていたならば、嘉元の首は吹き飛んでいただろう。そう思うと、嘉元の中の恐怖は増大し、首筋に鳥肌を立てた。

嘉元にとっての瑪瑙は、小学生のころから知っている小さな小さな少女だ。一方で、いま相対している彼女は嘉元にとって恐怖以外の何物ではない。そのギャップは首を振ってもなかなか拭い去られてはくれなかった。

「うん、君は恐ろしい、それは認めないといけないな。だから―――」

少しマシになったので顔を振るのをやめると、嘉元はぷっぷと口を尖らせる。今度は、赤黒い血液が何度も口から飛び出し、屋根の上を汚した。

一瞬瑪瑙はそちらへ目を向ける、そして嘉元の方へと目を戻したとき、彼女の全身を寒気が襲った。嘉元の表情は、追い詰められたというよりはむしろ、“恍惚”のそれに近かった。何かある、そんなことは、付き合いが長くなくても明白だ。

「ごみーんね。」

噴出された血液が屋根に触れ、そして瞬時にそのものを火炎へと変えた。闇夜が眩い閃光に照らされる。炎は屋根にこびり付いた血液へと伝わり、あっという間に屋根の上を火の海に変えた。それだけには留まらない。炎は瑪瑙と嘉元の間に生まれた血痕の道をたどり、獲物を狙う蛇のように瑪瑙へ襲い掛かった。ただの炎ではない。瑪瑙が身を躱そうとしても追いすがる。何らかの力が炎に仮初の命を与えたのだ。

「こ、これは……すっかり、忘れておりました!」

ファイアブラッドの血液は、即ち炎そのものだ。異能の力で操られた炎は、遂に瑪瑙の体にこびり付いた嘉元の血痕にまで燃え移り、その身を飲み込んだ。

しかし。

「ふ、ふふ……」

場違いな楽しげな笑い声が洩れる。小さな両手が熱で嫌な音を立てるのに気にも留めず、瑪瑙はこびり付いた血痕を布ごと千切りとると、投げ捨てた。なおも悪鬼のように手を伸ばす炎も、黒い影が一閃すると、飲み込まれて消えていく。

嘉元の舌うちが響く。焦げ臭い嫌なにおいを纏いながらも、瑪瑙の姿に致命的な火傷は見当たらない。むしろ、狂気的な喜びを湛えた瞳はさっきまでよりも余程生命力に満ち満ちていた。

「ふ、ふふ、楽しいですか?わたくしは、楽しいです。」

所々穴のあいた服も、肉の焦げる香りも、いまの瑪瑙にとっては快楽とそう変わらなかった。戦いと、危険と紙一重の生の実感が彼女に強く酔わせた。対照的に、嘉元の方は沈んでいく。

「そっか、私は1ミリも楽しくねぇんだけどなぁ。」

狂気染みた友人の姿も恐ろしいし、ひとまず落ち着かせたとはいえ傷口の痛みが彼を落ち込ませる。ぐるぐると揺れる瞳を向けつつ嘉元は無意味な罵りを口の中で転がせた。誰かに意味なく当たりちらしても今なら許される気がした。

しかし、それがハタと止まる。揺れていた視線は収まり、瑪瑙の体へとじっと注がれる。血痕のついた部分を千切り捨てた為、彼女の服にあいた穴からは、黒いアンダーがのぞいて見えていた。嘉元の視線が注がれているのは、丁度その部分だ。

嘉元の次の手へと目を凝らしていた瑪瑙は、奇妙な視線の変化に構え直す。追い込まれたとしても相手に集中が戻ったのであるならば、慎重に息の根を止めなければならない。特に、何を仕掛けてくるか分からないような人を食ったやつが相手ならなおさらだ。

「瑪瑙ちゃん、胸大きくなった?」

それでも次の言葉は予期できなかった。

研ぎ澄まされていた瑪瑙の精神が急激に濁る。足元の屋根が砕け飛び、虚空を焼く一筋の熱線が彼女の手元より撃ち放たれた。「……戸隠、熱閃光(とがくしびーむ)……相手は、死ぬ。」少し遅れて技名らしきものがぼそりと付け足される。

しかし、目の前の熱を含んだ爆裂に対して、嘉元は手をポケットにつっこんだまま長い溜息をつくだけだった。瑪瑙には見えなかったが、顔には微かに苦笑が浮かんでいた。恐怖の権化たる瑪瑙と、彼の心中に救う幼い瑪瑙の姿が、今度ばかりは重なって見えた。

「ま、落ち着きなさいよ。戦いなんて何も生まないよ、非生産的だよ。人間はクリエイティブに生きなきゃならん。」

急に足元の炎が急に勢いを増して二人の間に壁を作った。強烈な熱気が、目に見える空間をゆがませ、嘉元の姿もぐしゃりと崩れていく。

ぼっ、という大きな音と共に、嘉元の頭が炎ごと吹き飛んだ。熱気の生み出した陽炎の幻想が消える。瑪瑙が冷静さを取り戻し、あからさまな罠に気が付くのにわずかな時間を必要とした。だがその間に、真実の嘉元は深く、踏み込んでいた。

「だけどな―――今だけは地面にキスしなバーーーカッ!!!!」

闇は敵だが、炎は味方だ。炎の目くらましの底から、嘉元右手が日本刀を抜き放つ。周囲の残り火が刃にまとわりつき、白熱の刃を作り出す。瑪瑙の反応が追いつくよりも速く、燃え盛る刃が瑪瑙の首元へ一閃された。

ぎりぎりで瑪瑙の首と胴体が繋がっていたのは、彼女の尋常離れした運動神経によるものだ。のけぞった体勢から足元の砂埃を巻き上げ、一気に距離をとる。余波というべき熱破に煽られ、髪の毛は焼き焦げ、首筋の皮膚は爛れている。吸い込んだ熱気は強烈に瑪瑙の喉を傷めつけ、彼女から呼吸の自由を奪った。げほげほと咳が漏れる。

距離をとる時間があったのは嘉元が集中力をなくしていたからだ。自分の刃が外れたことが半ば信じられないようで、じっと自身の刃を疑わしげに眺めることに気を取られていた。完璧なタイミングで強烈な一撃をお見舞いしたはずだったが、致命傷どころか灼滅者にとっては精々がかすり傷だ。正直言って嘉元には信じられなかった。

「……大事な、大事な、ふぁうすときすなのです……。」

その隙に呼吸を取り戻した瑪瑙が、掠れた声を出した。

「愛する戸隠の地以外で、おいそれと出来るわけなかろうですよ。」

不敵にも小粋な冗談を交えるほどには、瑪瑙には余裕があった。嘉元はじっと瑪瑙を見つめた後、また自分の刃へと目を向ける。なんらかの手違いで刀身が10cmほど短くなった形跡はない。つまり、力量差といわざるを得ない。今度の溜息は流石に悲哀に満ちていた。

「やっぱり話し合いで解決しない?」

返答としていくつかの苦無が嘉元の顔があったところを貫いた。ばね人形のように飛びのいた嘉元を追って、瑪瑙は無慈悲に言い切る。

「問答、無用。」

交渉の余地は、少なくとも瑪瑙の方にはさらさら無い。特に、軽口ばかりで信用のない嘉元が相手では。

瑪瑙は口の中で、小さく自分の影の名前を呼んだ。

「月夜―――」

瑪瑙の足元から黒い雨粒が舞い上がり、桜の花びらへと姿を変えて渦巻いた。

「喰ラヘ。」

季節外れの桜吹雪の渦が、嘉元へ向かって襲い掛かった。暴力的に吹きすさぶ影は全てを飲みこむように突き進む。尋常ではない、大技だ。嘉元の表情が焦りと恐怖で硬直する。この闇の中で黒い桜吹雪を避けるということはまず嘉元には不可能だ。そして、傷だらけの今、正面からあれに飲まれれば、ただでは済むわけもない。嘉元は唇をかむ。強いというのは羨ましいものだ。たとえひっくり返っても自分にはあれほどの大技は使えないし、それを相殺できるだけの力もない。まったく、強いというのは羨ましい。

それでも、どのみちこのままでは痛い目を見るのは変わらない。ならばと嘉元は日本刀を楯のように持ちかえた。

「やーん、どーかなー……!さっきイケたしイケるかなー……もー……。」

ありったけの脳みそをつぎ込んでも、次の手は一つしかない。選択権は弱者には存在しない。そんな半ば諦観染みた気持ちで意を決すると、刃から噴き上げた火炎を操り、自分の前面を炎の塊で覆う。即席の炎の盾を押し出すと、嘉元はそのまま目の前と迫る桜吹雪に向けて、逆に“思い切り突っ込んだ”。

一片一片が鋭い刃となった影の桜が嘉元襲う。炎にぶつかった分は、飲み込まれ、焼き払われる。実体なきものが焼かれる奇妙な音が一瞬響き、そしてすぐに痛々しい音に飲み込まれた。

何かが裂ける音、砕ける音、潰される音。そして、大量の血液がばらまかれる音、悲鳴が混じったような気もしたが、瑪瑙の気のせいだったようにも思われた。

桜吹雪の渦が去った後には、ボロ雑巾のように倒れ伏した嘉元だけが残った。衣服はずたぼろになり、全身を裂傷が覆う。どこかへ飛ばされてしまったのか、赤々と光っていた日本刀も見当たらない。

戦闘続行の可能性を確かめるべく、瑪瑙が近づくと、がばりと嘉元は血濡れた顔をあげた。ぼろぼろではあるが、まだ致命的に動けないというわけではなさそうだ。瑪瑙の想像よりも、簡単にダメージを受けてくれている印象があったが、存外タフでもある。余裕を見せているのか、何かの罠なのか、それともただ単に瑪瑙の過大評価なのかはわからない。

「ぐ、ぐっ……ぐぅぅ……ダメだ実力差が明らかに……あ、あれ?刀は?―――あ、ありゃりゃ?ぶ、武器がない!ちょっとタイムタイムタイムー!一回休憩はさもっ!ね?」

まだ、軽口を叩くだけの体力は蓄えているようだった。果たして命が絶たれるか舌を引っこ抜くまで口を開き続けるのではないかと、必死に両手でTの字を作る嘉元に瑪瑙も若干呆れ顔を見せる。やはり嘉元は嘉元らしい。とはいえ、真剣勝負に休憩などあり得ない。はっきり言ってやらなければと口を開く。

そして瑪瑙が次に瞬きをして開いたときには、彼女の眉間に二丁の銃口が突きつけられていた。

「やっぱ今のなしで。」

瑪瑙は息を飲んだ。最後に見えたのはにやつく嘉元の顔と、袖の内側に仕込まれたばね細工だった。カチャリと引き金を引く音がした。

周囲に発砲音が―――

響かなかった。カチャリカチャリと引き金を引く音だけが響く。不思議そうに嘉元が拳銃を調べると、銃身が詰まっていた。彼が自分でまき散らした火炎を浴びている内に、内部が融けて詰まってしまったのだろう。

気まずい沈黙が場を支配する。

耐え切れなくなったのか、恐る恐るといった調子で嘉元が口を開いた。

「……こうしよう、しりとりで決着をつけよう。」

「なるほど、しりとり。」

瑪瑙が頷く。嘉元の顔色は悪い。

「では『り』ですから、両断。」

瑪瑙の手の中の蕎麦切り包丁が上段に振り上げられた。生き急がなくてもいいじゃん、という嘉元の悲鳴は瑪瑙へは届かない。一瞬は気が抜けた彼女の心は、既に忍者らしい鋼鉄のものへと戻っていた。容赦はそこには存在しない、ついでに余裕もない。

振り下ろされた分厚い包丁を、嘉元のガンナイフが迎え撃つ。激しい刃物と刃物のぶつかり合いに、火花散り、不快な金属音が二人の鼓膜を揺らす。

「――はぁー!はぁー!やだなーもー!この業界ってみんなつえーーんだもん!弱いやつの心がわかんねーんですよ、こういう人たちはさー!」

流れるように口を滑らせながら、嘉元は両の刃を滑らして瑪瑙の包丁を押し返した。火花を通して、二人の視線が交差する。瑪瑙の目に冗談はない。嘉元の目には覇気がない。

両手を大きくふるうと、瑪瑙は一瞬押し負け、体勢を崩した。その隙に嘉元は飛びのく。とどめの一撃のつもりだったのか、思いがけず力負けしたことに瑪瑙は目を見開く。元来、遠距離タイプの嘉元に距離を取られると厄介なことになる。詰の一手を失わない為、瑪瑙は慌てて、逃げる赤い影を追いかけた。

だが次の瞬間、鋭い衝撃が、瑪瑙の全身を打ち据えた。

瑪瑙の体を無数の青い光が無惨に貫いていた。身をよじり、急所は避けたことが、全身への被弾を呼び込んでいた。思いのほか近く、間近といってもいい距離で、嘉元は青白く光る銃口を突きつけていた。

「そういやこんなことも出来たわ。」

銃口の周りで青い魔方陣がキュルキュルと音を立てて回った。魔法使いとして破壊的な魔術を操るのは、嘉元の本業としての力だ。当人すらも忘れかけてはいるが、炎を使うのは彼にとっては副次的な能力に過ぎない。そして魔法によって、体力が続く限り無尽蔵に矢を生み出せる以上、実のところ拳銃が使用できる状態か否かは誤差に近い。

「嘉元どのは、魔法使いでしたか。……なるほど。」

突き刺さった魔法の矢が消えると、瑪瑙の傷口から血が滴った。動く度に痛みが走る。しかし、攻撃を受けたことで、はっきりと思考が切り替わるのを瑪瑙は感じていた。

思いがけない一撃を食らわされたことはもちろん瑪瑙にとってもショックだった。通常ならパニックになる場面であろう。だが、瑪瑙は常人ではない。むしろ今の彼女は、自分の中の思考が痛みを受けてどんどんと澄んでいくのを感じていた。そしてそれを力へと変える。

大好きな故郷に思いを馳せる、愛の力が心の中に満ちていく。この土地そのものが持つ異質なエネルギーが、彼女の異能を拠り所にして瑪瑙を中心に集まっていく。

「戸隠(とがくし)、熱閃光(びーむ)。」

そしてその巨大な力を、瑪瑙は嘉元へとしっかりと狙いを定めて解放した。先ほど、怒りに我を忘れて撃ち込んだものと同じだが、狙いはずっと正確だ。支えるために踏み出した足元で、バキバキという音を立てて屋根がへこんでいく。

強烈なエネルギーの充填に嘉元の顔に芝居がかったほどの驚きの表情が浮かんでいた。唇はわなわなと震え、目は泳ぎ、血の気が引く。歯の根の音が瑪瑙にまで聞こえた。

「………はっ!ま、まさかそんな……信じられん……そんな!う、嘘だ!!!!!」

解放されたエネルギーが、暴力的な破壊力を持って嘉元目指して突き進む。だが、いまの嘉元にはそれすら見えていないようだった。

「トガクレじゃなくて、トガクシだったのか!」

一撫でするとされた顔の上に、状況に似つかわしくない不敵な笑顔が浮かんでいた。猿芝居を終えると、嘉元は懐から取り出した水筒を、熱線に向けて無造作に放った。

熱線が水筒にぶつかると、一気に熱せられた水筒は中身の水ごと爆発四散し、蒸発した水を一瞬噴出する。しかし、それはすぐに氷の壁へと姿を変えて、二人の間に立ち塞がった。熱線は氷の壁と異常な冷気に飲み込まれ消え失せる。

「……え?」

一瞬のうちに目の前で起こった異常事態を把握するより早く、瑪瑙は強烈な衝撃でもんどりをうった。再び激痛、強烈な寒さが血の気を凍らせた。そしてそれは比喩ではない。大小様々な氷柱が彼女の体を射抜き、血の色に染めていた。

「勉強しよっとなぁ。」

のんきな声を出して嘉元の指先が空中を撫でると、異様な冷気が収まっていく。一方で、彼の出血部分は血液が凍り付き、傷口を塞いでいた。そのおかげか彼も僅かに顔色に血の気が戻っている。

フリージングデスと言われる死の魔法は、魔法使いにとっても大技だ。一瞬で空間から熱を奪い、絶対零度によって凍り付かせるその魔法は、予め十分な水を何かに入れて持ち込んでおくと意外な使い道がある。もっとも、熱線の爆風に乗って飛んだ氷柱が、手裏剣の如く瑪瑙に強烈な一撃を食らわせるのは嬉しい誤算であった。

「だ、まだ、こんなものでは……。」

瑪瑙にとってはそれは悪い誤算であったが、それでも彼女は重い足元に力を入れて、ふらりと身を起こした。あちこちから血が噴き出している。辞めとけばいいものをと、嘉元は嫌そうにそれを見つめた。彼女が厭戦的ならこれで両者相内引き分けで仲良くギブアップ、という道もあったが、瑪瑙の顔にはまだ、しつこく喜びの光が残っていた。

「何をしてくるのか、検討もつきませんね。ふふ、楽しいです。ふっ、~~~~!!!」

声にならない声をだし、瑪瑙は息を整え、身体を戦闘続行に足るだけ持ち直させる。ようやくお互い様という状態になってきてはいたが、まだ瑪瑙の方が余裕がある。そうでなくとも、地力は瑪瑙の方が上だ。恐怖からか嘉元の足が一歩後ずさった。

また、悪巧みですか。
だがそんな嘉元に目を向けて瑪瑙に浮かんだのはそんな冷めた感情だった。今の嘉元に瑪瑙への恐怖心を見せつけることでのメリットはない。そして、嘉元はメリットのないことは好まない。傷を帯びて冴えた彼女の頭脳と、長年の付き合いの勘が一つの結論を導き出した。それは確信に近く、瑪瑙は内心で笑みを浮かべた。なるほど、嘉元がどんな気持ちで悪巧みをしているのか、いまの彼女には少しわかるような気がした。

瑪瑙は再度息を吸い込むと、刃を水平に向け、突撃の姿勢を作る。

「わたくしには、これしかありませぬから。」

全身に力を籠め、弾丸のように足を踏み出す。先ほどと同じ、とにかく加速し、そして相手を貫く、瑪瑙の最も根底的な戦法だ。ひっ、と嘉元は両手で顔を覆う。先ほどの恐怖がよみがえった、そんな風に見えるし、先ほどまでの瑪瑙なら見えたであろう。瑪瑙の体は前傾姿勢をとった。足を踏み出し、力を込め、自分自身を打ち出した。

瑪瑙が足を一方踏み出した瞬間、嘉元の両腕が鋭く切り裂かれ、飛び散る鮮血が周囲を赤く染めた。激痛と衝撃を殺しきれず、嘉元は背中から倒れこむ。確かな手ごたえを感じながらそれを見る瑪瑙の手の中で、手裏剣がするりと踊った。ダメ押しとばかりに右手から放たれた一本が、空中で炎に包まれて消える。

「あらあらまあまあ……」

忌々しげに立ち上がりながら、嘉元は距離をとった瑪瑙を睨み付けた。ガードしていた両腕は震えながら下される。真面に動かすのは大分辛い。ちらりと嘉元は自分の足元の氷結した屋根に目を向けた。それから視線を戻すと、瑪瑙もまた、自分と同じ動きをしたところのようだった。交差した視点が、嘉元にすべてを察しさせる。凍り付き、白みを帯びた屋根は、嘉元のフリージングデスが発動した証だ。もし全力で瑪瑙が踏み出していれば、彼女の足元をとり、カウンターの一撃をお見舞いするこが出来たはずだった。

「あーもう、片手にしとけばよかった。」

走り出すとともに打ち出された手裏剣が、嘉元の不意を打ち、虚構のガードに深々と食い込んだのだ。血液の炎で押し出し、傷口を氷で覆ったとしても、えぐれた肉までは戻らない。瑪瑙の作戦勝ちだ。体重をかけた右足が意味をなさなかった氷の罠を踏み砕く。頭を掻き毟ろうと腕をあげようとして、痛みを感じて諦めた。吐き捨てるような言葉が口から出た。

「……いつからそんな卑怯な手を使うようになったのよもー……。」

「ひ、卑怯ではありませぬ…工夫と訂正を。」

先ほどの意趣返しといったところか。嘉元は複数の意味で自分を棚にあげる。まだ卑怯という言葉には抵抗があるようだが、いつもの瑪瑙ならば、こんな手の込んだやり方はしなかっただろう。元々、普通にやり合えばその必要もないほどに、彼女は嘉元にとって格上でもある。だが今の彼女は随分と、強かだ。誰かの悪影響が出たのかもしれない。

嘉元は投げやりに傷ついた腕を見せつける。乱れた髪の中から除く瞳は血塗られたように黒い。

「……参ったね……これじゃ正直、もう一度刃を押し返す自信もないよ。」

その姿は極めて哀れめいている。格上が、しかも正々堂々とやってくれなくなって、こっちのトリックにも引っかかってくれなくなったとなると、なるほどもう投げやりになるしかない。いまにも白旗をあげそうな気配が嘉元から漂う。

だから瑪瑙は確信した。つまり、なにか卑怯なことをやってくるサインである。

「――――――まあ元々私は、遠距離専門だがね。」

そしてそれは大よそ現実となった。

治療の為に生み出したと思われる氷の止血剤を、嘉元は何の躊躇もなく引っこ抜くと瑪瑙に向けて手裏剣よろしく投げつけた。鋭い氷の刃が瑪瑙目がけて殺意をまき散らす。

戦闘の最中の、粘りっこく、刹那を無限に延長したような思考の中で、瑪瑙は考える。違和感があった。嘉元の戦い方は卑怯極まりない。それは何もかも嘘だということである。嘉元は余裕があるようで、実際は自分の不利になることは絶対しない男だ。当然、その言葉も嘘だということだ。先ほどは一手読み切った。次は二手先まで、読み切らねばならない。

飛来する氷の刃を、瑪瑙は手裏剣で迎撃する。予想が正しければ、これはブラフに過ぎない。ならば、正面から打ち砕き、次に備える。

彼女の想定はただしかった。迎撃される瞬間、氷の刃はファイアブラッドの異能によって炎へと姿を変える。凝縮した炎の塊は爆発し、瑪瑙の前に炎の壁を作り出した。暗闇に慣れた瞳を明るさが焼き、瑪瑙の目を細めさせる。

「なにを……」

「―――からのテンカオッ!!!」

だが流石の彼女も、三手先までは読み損ねていた。炎に気を取られた一瞬の間に、炎の中から飛び出した嘉元の右膝が瑪瑙の顔面をとらえ、深くめり込んだ。

ぐぎょりという嫌な音、首がねじ切れるような衝撃に、脳みその揺れる気色の悪い感覚。一瞬、世界が止まったような感覚の直後、瑪瑙の体は何メートルも後ろまで吹き飛ばれていた。流石の瑪瑙も、屋根の上に這いつくばると、立ち上がるのに時間を要した。衝撃で目の前はろくに見えない。傍から見れば意識を持っていかれなかったのが異常なほどだ。

膝の血痕を払うと、嘉元はいもしない観客に向けて決めポーズをとっていた。カポエラのテンカオといえば要するに飛び膝蹴りだが、炎の目くらましの向こう側から受け身の取れないところへ、体格の勝る相手の燃え盛る膝を思い切り食らわされれば、灼滅者といえど悲惨といわざるを得ない。

「辛い、ですね……。」

喋ると焼けた唇が痛い。立ってはいるが、瑪瑙の足元もふらふらであった。序盤は完全に彼女の有利でことが進んでいた。一度は巻き返されたが、相手の土俵で打ち勝ってやった。その誇りが、自信が、いまの一撃で吹き飛んでいた。そして別の感情が彼女の中に飛来していく。

「嗚呼……痛い。嗚呼……辛い。」

瑪瑙の口の中で小さくそんな言葉が転がされる。口の中で小さくつぶやく。呟けば呟くほど、彼女の心の中は闇色に塗りつぶされていく。

「ぇ、いまなんか言っ」

クリーンヒットに喜び、見えない観客へファンサービスを行っていた嘉元も、嫌な気配を感じて瑪瑙に目を向け、唾を飲み込んだ。

またスイッチか、と嘉元は思う。何にかがまた瑪瑙の中で決定的に切り替わっていた。瑪瑙の周りにどす黒い空気が巻き付き、刃に向かって流れ込んでいる。ぶつぶつと彼女が何かを呟くたびにそれは勢いを増し、暴風のように彼女の周囲に吹きすさび始めた。嘉元はそれがヴェノムゲイルと呼ばれる死者の怨霊を利用した力であることは知らない。だが、それがあまりにも禍々しく忌々しいものであることだけは、何も言われないでも十分に感じ取られた。

 瑪瑙は腕を振り上げる。無数の怨念がその腕にまとわりつく。嘉元にはその姿の背後に、おぞましい燃え盛る目をした何かが重なって見えたような気がした。まるで、怨みをぶつける機会を得て歓喜する亡者のような姿が。

「死者の風……舞え。」

瑪瑙が腕を振り下ろしたを合図に、まとわりついていた黒い竜巻が瑪瑙の元から放たれた。飛びのこうとした嘉元を、それを許さぬ強い力が引き寄せる。無数の見えざる手が嘉元をつかみこみ、死の臭いをまき散らす竜巻の中へと引きずり込んでいく。懸命に姿勢を低くし耐えても堪え切れず、嘉元の体は屋根の上を離れ、空中に投げ出された。間抜けな悲鳴を残しながら、嘉元の姿は黒い竜巻の中に飲まれて見えなくなる。常人ならばバラバラになるほどにあちこちに振り回され、亡者の呻きが精神を狂わせる。纏わりつく空気はあまりにも有害で、脳が天地も左右も完全に見失ったとき、嘉元の体は闇夜の中空へ放り出されていた。少しして、どこかでぐしゃりと柿がつぶれるような音が一つ、聞こえる。

音を聞いた途端、瑪瑙の顔にはまた笑いが戻った。残酷な喜びをいなしつつ、心のスイッチをもう一度切り替えていく。闇の底のようなネガティブな感情から、いつもの瑪瑙を取り戻す。周囲の危うい雰囲気は消えていった。今は、かっこよく一撃を決めた自分への自惚れと、勝利の余韻が口の端を歪めていた。

そこへ、射撃音が何発も続いた。

即座に笑みを隠し、瑪瑙は防護の姿勢をとった。だが、音はすれども弾丸が瑪瑙を襲うことはない。不思議に思っていると、おずおずと手が一本、屋根の縁から生えてきた。少しの間、苦労するようにぱたぱたと動いていたが、やがて決心づいたように力を込めると、次いで見慣れた赤い頭が顔をのぞかせた。そこまで登ってくることにある程度体力を使ってしまったようで、息は切れている。

「……ふぅ、ふぅ、え、えーとなんだ、くそ、舌が切れた。えーとあれだ、そうそう、『有象無象の区別なく、私の弾頭は許しはしないわ』―――だ。」

びしりとポーズを決めて言い放つ嘉元。だがその手には武器すら持っていない。空っぽな両手を誇示しつつ自信満々な彼の様子はあまりにも不自然に見えた。瑪瑙の経験がわんわんと警戒音をたてた。

答えは向うから飛んできた。気が付くと瑪瑙は反射的に体を宙へ投げ出し、身を躱していた。彼女の腕を掠めて、一発の弾丸が屋根の上に命中していた。飛んできたのは瑪瑙の背後、即ち、そちらを睨み付けても嘉元はいない。

誰もいない場所から、まるで自動的に打ち出されたかのように弾丸が襲い掛かってきた。それに気が付き瑪瑙は理解した。耳を澄ませば、闇夜の中からひゅんひゅんと空中を切り裂く音が聞こえてくる。そしてそれはどんどん大きくなっている。

ホーミングバレット、それは相手をどこまでも追い続け命中する、文字通り魔弾だ。闇夜で遠距離ともなると、忍装束の瑪瑙を狙い打つのは当然不可能に近い。だが、ホーミングバレットなら別だ。目をつぶっていても命中する。この闇夜の中で、何発ものホーミングバレットが、飢えた鮫のように瑪瑙を狙っているのだ。

全てを察した途端、瑪瑙は一つの覚悟を決めた。嘉元の方を向き直ると、彼女は思いがけない行為をとった。あまりのことに、嘉元はぽかんと口をあけた。

瑪瑙は、嘉元に向けて、全力で駆け出していた。彼女の後ろを宙を切る音が続く。瑪瑙は駆ける。それは迎撃でも、回避でもない。ただ只管に、嘉元を睨み付け、駆け抜けている。そんなことをしても弾丸より速くは走れない。後ろからはどんどん死の気配が強まってくる。正面や側面から襲ってくる弾丸は、包丁で叩き落した。腕を一振りする度に走りが乱れ、背中に刃を突き立てられるような恐怖が瑪瑙を襲った。

もっと速く、もう少し速く、まだ速く。ぼろぼろの体に鞭をうち、瑪瑙は嘉元へと走る。嘉元はその意図が理解できない。この状況で無防備に“逆に思い切り突っ込んだ”などと、正気の沙汰ではない。しかし、袖口にしまっていたガンナイフへ手を伸ばした。どれだけ走っても弾丸からは逃れられない。自分に向かって走るのならば、つまり挟み撃ちの形になる。瑪瑙と嘉元が交差したとき、そのナイフは確実に彼女を首筋を切り裂く自信が嘉元にはあった。

「嘉元どの、決着をつけましょう。」

その予想外の声が聞こえたのは、彼らがしっかりと互いの顔を睨み合い、視線を交差していたからだった。実際には、声は届かず、唇の動きがそれを伝えたのかもしれない。けれどその先は目で追えなかった。嘉元のすぐ目と鼻の先で、ふっと瑪瑙が姿を消した。

それは急に彼女が姿勢を低くしたからに過ぎない。だが、嘉元にとって重要なのはそこではなかった。一瞬のことに混乱した頭が、迫る風切り音を感じて、一つの結論を導いた。

弾丸は速い。そして急には止まれない。たとえ魔力で操作されていたとしても、軌道変更する一瞬は弾丸には長すぎる。瑪瑙を追いかけていた弾丸は、自分自身を止めることも曲がりきることも出来ず、そのまま、まっすぐに突き抜けた。

「ああ……それは避けらんないっすわ。」

諦めの混じった声が瑪瑙の頭上から降って、次にどさりと嘉元が倒れる音が聞こえた。瑪瑙が顔をあげると嘉元は屋根の上に倒れ伏して、ぐったりとしていた。すでに意識はなく、立ち上がる素振りは見せなかった。なにより、瑪瑙を追いかけていた無数の弾丸の気配が、いまはなくなっていた。
勝利の栄光がどちらに与えられたのかは、明確だった。


 
 ようやく一息ついた瑪瑙は、周囲をうかがった後改めて嘉元へ目を向け、ぎょっとした。嘉元の影からぬらりと湧き上がったかのように、長い銀髪の少年がいつのまにか傍に寄り添い嘉元を見下ろしていたからだ。時折嘉元を揺さぶってみたり、つついてみたりしている。

「あ、あの……?」

見られていることに気が付いて、少年、波佐間御影は弄んでいた嘉元の右腕をおろし、ゆっくりと右手の親指を挙げた。

「死亡確認。」

 ひっと声にならない声を瑪瑙があげたので、少し慌てて御影は手をぷるぷると振った。

「冗談、冗談……大丈夫だ、よ。弾丸を受けた時、のけぞってい、たから、頭を掠めただけみた、い。」

嘉元の額をそっと撫でると、御影は嘉元の体に心霊手術を施し始めた。頭部は大丈夫かもしれないが、風穴があいた胴体はそうはいかないようだった。しかし、ふと顔をあげると、瑪瑙へ手招きして小さな封筒を渡した。隅の方に「雨宮京十郎」の署名が丁寧にも入っている。

「これが……豪華な景品?」

妙な薄っぺらさに不穏さを隠さずに封筒の中を覗きこんだ瑪瑙から、表情が失われたのと、嘉元が息を吹き返したのは同時だった。

「だーーー負けた負けた!俺の負けじゃぼけー!煮るなり焼くなり生涯の伴侶にするなり好きにしろよもーー!文句あっかこらー!こっちぁ弱いんだよゴラー!あれ?瑪瑙ちゃん!それバイト代!?ちょっと首動かないんだけど!どうだったーーー?中身なにーーー?」

騒ぎ立てる嘉元の口を御影の影がきゅっと締める。瑪瑙は、質問には答えず、ただ首を振った。

「自身の目で確かめてくださいまし。」

 自身の声が思いがけないほど冷たいことに少し驚いてから、瑪瑙はそのまま姿を消した。雨宮京十郎をとっちめなくてはならない。御影もそれを見届けると、適当なところで処置を終わらせて、ゆっくりと影の中に消えていった。ただ一人残された嘉元だけが、ろくに動けぬ体を持て余し、ぶーぶーと文句を言っていたが、そのうち動けるようになって傍らに置かれた封筒を覗きこんだ。そのあとの表情を見ると、動けなかったときの方がまだマシだったようだ。そんな彼もまた、闇の中にゆっくりと溶けていき、最後は見えなくなった。
 

二人の灼滅者の気まぐれのお話は、これで、おしまいである。なんでも、とある一人の男に頼まれて、実験的に戦闘訓練を行っていた、ということであるらしいが、その依頼した男が結果的にどうなったのかも、ここでは謎のままである。

 



hukamizu at 02:42コメント(2)トラックバック(0) 

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コメント一覧

1. Posted by 嘉元   2015年08月08日 02:48
あ、瑪瑙ちゃんの許可はとってます
2. Posted by 瑪瑙   2015年08月08日 08:59
許可しております。

『嘉元殿へ

 この度は模ぎ戦と、その文章化…ありがとうございます。そして、お疲れ様です。
 自身の行動がこうして文章化されたこと、とてもうれしく思っております。
 普段の依頼とは違い、文章の半分が己の行動、もう半分は己に対しての行動という、ぜい沢を尽くしたかのような仕様…。
 わたくしは今、幸福感に包まれております。それと同時、戦闘の端々で見受けられる己の未熟な行動、思考、判断の数々に、恥ずかしくて消え入りそうです。
 それを受けてわたくし気が付きました。これは嘉元殿からの指南書なのだと。
 お互いが思考し、どういった行動から、判断を行ったかをこうして文章化することにより、わたくしのくせや、それに伴う弱点を暴きだし、さらなる成長を、精進をする事が出来るようにしてくれたのですね。

 そして、確信へと変わりました。 
 やはり、嘉元殿は手を抜いていらしたのですね。この指南書を胸に、わたくしもっと強くなりますので、どうかまた再戦の機会を頂ければ幸いでございます。

 短い文となりましたが、以上となります。

 未じゅく故の乱筆乱文のほど、ご容しゃ願います。


鏡池・瑪瑙        』 

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